頑張るという言葉が大嫌いだった。。。
去年、新垣勉さんの言葉を集めた本を読んだ。
以下一部を引用する。
これを読んだ時、
長年の言葉にならなかったもやもやを
これほど鮮やかに言葉で表現してくれたことに
瞠目し、感動した。
そんなふうに、心がはっとして、
ときほぐれると、
私がなぜ、長い間、この頑張るという言葉を
感情的に毛嫌いしていたのか、
思い出したことがあった。
学校だ。
学校で、気の進まないこと、嫌いなことを
やらされる時に、かけられていた言葉が
「頑張れ」だったのだ。
だから、この言葉を聞くと、
その嫌だった時の感情がわきあがってきて、
その言葉に嫌なイメージを持ってしまって
いたのだと。
過去に起こったできごとの感情を
その言葉に結びつけてしまったために、
その言葉の意味を素直にとれなくなって
しまっていたなあ、と
気がついたのだった。
頑張るという言葉が
過去の亡霊から
解放された瞬間だった。
*引用は『魂の言葉』新垣勉より
去年、新垣勉さんの言葉を集めた本を読んだ。
以下一部を引用する。
私は「頑張ろう」という言葉が嫌いです。
東京基督教短大の三谷幸子先生は
「頑張らないで頑張りなさい」
とよくおっしゃいました。
頑張ろうとすると、緊張してしまうのです。
バランドーニ先生はよくおっしゃいました。
「ナトゥラーレ、ナトゥラーレ」
自然体で歌いなさいということです。
構えない、力を入れない、聞かせようとしない。
それが自然体ということです。
そしてそれは、人生にも言えることなのです。
集中するけど、リラックスする。
それを行うには、自分をよく見せようと
思わないことです。
自分は自分以上でも、自分以下でもないのですから。
これを読んだ時、
長年の言葉にならなかったもやもやを
これほど鮮やかに言葉で表現してくれたことに
瞠目し、感動した。
そんなふうに、心がはっとして、
ときほぐれると、
私がなぜ、長い間、この頑張るという言葉を
感情的に毛嫌いしていたのか、
思い出したことがあった。
学校だ。
学校で、気の進まないこと、嫌いなことを
やらされる時に、かけられていた言葉が
「頑張れ」だったのだ。
だから、この言葉を聞くと、
その嫌だった時の感情がわきあがってきて、
その言葉に嫌なイメージを持ってしまって
いたのだと。
過去に起こったできごとの感情を
その言葉に結びつけてしまったために、
その言葉の意味を素直にとれなくなって
しまっていたなあ、と
気がついたのだった。
頑張るという言葉が
過去の亡霊から
解放された瞬間だった。
*引用は『魂の言葉』新垣勉より
# by fuuka_n | 2012-02-29 00:09 | 本 | Trackback | Comments(0)

